- 2006-12-14 (木) 14:03
- MiAU(著作権関連)
著作権保護期間は延長すべきか 賛否めぐり議論白熱 [ITmedia]
著作権保護期間を、著作者の死後70年に引き伸ばすべきか、現状の50年のまま維持すべきか――こんな議論が活発化している。(中略)
司会を務めた中村伊知哉さんは「なぜ著作権法で遺族の生活保障までしなくてはならないのか分からない」と根本的な問題を指摘する。「自分の死後、家族の生活を守りたいと思うのは、作家もそば屋やうどん屋の主人も同じ。作家の遺族は著作権法で保護されるが、そば屋・うどん屋の遺族を守ってくれる『そば屋法』や『うどん屋法』はない」(中村さん)
零士さんはこの意見に対して「そばやうどんと一緒にしてもらっては困る。作家の作品は残るが、そばやうどんは私にも作れる」と反論した。
ちょっと、考えナシの暴言だったと思う。
たかが、そば・うどん。されど、そば・うどんである。
誰が打っても同じ、というわけにはいかない。特に客商売として作る蕎麦・うどんとなれば当然、少々玄人くさい程度ですら話にならない。
プロでさえ、美味い蕎麦屋やうどん屋があれば、不味い蕎麦屋やうどん屋もある。
日々研究を重ねて、伝承の技術を作り上げる店だってある。
これは、著作権という保護を持ってる者の驕り発言として、私は捕らえてしまいました。保護期間うんぬんより、こういう創作以外のものに対する創作者ってどうよ?ってハナシ。
この著作権保護期間延長のシンポジウムで出ていきた意見は、どうやら4つほどらしい。
1.創作意欲。
賛成派は保護延長によって“創作意欲が高くなる”、反対派は“創作意欲には関係ない”
2.人間の寿命、妻子や孫にも恩恵を
賛成派は、“寿命に見合った保護期間と妻子や孫が生きてると思われる期間までは保護対象”といい、反対派は“妻子や孫の生活保障までしなくていい”
3.標準
賛成派は“70年が国際標準”、反対派は“70年未満の国も多い”
4.文化の発展
賛成派は、“保護すれば発展に繋がる”、反対派は“発展を阻害する”
真っ向勝負です(笑)
1.については、お金になる著作物を持ってないので、よく分かりませんが、保護されるから作ろうとか考えるのかな? てか、お金になるから創る・・・ってのは、すでに創作を始める時点で創作物がお金に換算される創作者だけだと思うんですが。
2.については、完全に反対派に同意。もともと、親の財産をアテにする子供ってどーよ?な考え持ってるので、親や夫・妻のフンドシで生活したいなら、生命保険とか掛けとけって思う。著作権は、創った人の為の権利であって、その周りの人の為じゃない。もともと、著作権とは相続するべきものじゃないと思う。ディズニーとかみてると、すごくイヤらしい気がする。
3.「2」の考えがあるので、正直50年でも長いと思う(^^;
4.なんとも言えません。
でも、今現時点で、全てがオリジナルなものってどれくらいあるの?
揚げ足取りしますが、松本零士の銀河鉄道だって、ヤマトだって、完全なオリジナルとはいえないわけでしょ? 宮沢賢治の小説なり、日本の戦艦なりがあって、それにインスパイアされて彼なりの物語を作り上げてったのと違う?
そういう人が。
「そばやうどんと一緒にしてもらっては困る。作家の作品は残るが、そばやうどんは私にも作れる」
と言うか。
例えば、老舗の蕎麦屋やうどん屋(に限らず、そういう名品を創るところ)で、匠を作り上げた先代が死んだ後、残された人はどれだけの努力をしてるだろう。
作家の作品が上で、蕎麦やうどんが下なんてこと、無意識に思ってるんだろう。
作家はエライんだ!! とか。
作家や漫画家に「先生」という呼称をするけど、正直ムシが好かない。売れて「先生」ともてはやされて、こういう考えをするようになったのか。
著作権は保護されるべきだし、今の時代にあったもの、全ての創作活動に有益になるよう考えられるべきものだと思う。
ただ、保護を70年に延ばすだけ・・・なら、一部の創作活動者の権利固持としか言えない。
でも、こういう「俺と俺の家族だけの権利!権利!権利!権利!権利!」って声をあげてる著作者が表立ってると。
すっげー、ヤな気分。
999のマッキーとの騒動は、静観してたけど・・・どっちがどーだとかいう気にならない・・・が、さすがに、この暴言、ちょっと許せなかったっす。
———–12/21 追記—————-
このシンポジウムに関連したリンク集ありました。
色んな意見があるので、参考に。
[:URL:] 著作権保護期間の延長問題を考える国民会議(参考記事)
———–12/23追記—————-
とりあえず、上のサイトにここへのリンクがあったので補足しておきますが・・・
著作権保護期間の延長問題のシンポジウムについて、この記事を書いたわけではないのです(^^;
ぶっちゃけ松本零士の発言について、思うところあったわけで。
パネルディスカッション#4でその部分が観ることができます。
氏は。
「これは作品として残るわけですから、蕎麦屋さんのそばと一緒にされてはちょっと具合が悪いですね、うどん屋さんと。私にも作れますから」
まぁ、こう言ってました。
後に、#5の方で激しく反論してた御仁もいましたが・・・
「作家の作品は公共事業じゃない!」とか、なんとか。
誰の仕事だって、公共事業じゃありません。公共事業とは、民の委託した金でやる民の為の事業。仕事とは、全然違うもの。
そりゃ、作品は事業じゃないんですから、何を当たり前のことを。
食べて消えてなくなる蕎麦・うどんと、後世残る作品は同列にしたくない松本零士の気持ちが分からなくはないけれど。
でも、残らない作品というのもある。
残らない作品と残る作品にも違いがあるのかな?
残るものは保護されて、残らないものなら保護しなくてもいい?
素晴らしい曲を作った人が、誰かにそれを唄って聴かせる。
何の音源も残さずに。
聞いた誰かが、その曲を覚えていて自分の名前で発表して形にする。
どちらを保護すべきだろう?
それくらい、著作物というのは不確かなもの。
形にしたもの勝ちなら、著作権法そのものが可笑しい。でも、そんな現実いくらでもある。残るか、残らないかなんて論法は、そもそも著作権では変としか思えない。
そもそも著作権が作者の死後○年ってこと自体がおかしいんだから、死後50年だ70年だってのは、お話にならない。
作品を作った時点で著作権が発生するなら、作ってから○年。もしくは、発表・発見してから○年が正当な数え方じゃない?
これなら、50年を70年にしてくれ~なら、議論の余地あったと思うけど。
てか、そういう価値のものでしょ、著作って。
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